2009年3月17日火曜日

『経度への挑戦』(デーヴァ・ソベル)

面白い本を読んだ。
経度への挑戦―一秒にかけた四百年
女性科学ジャーナリストが書いた本で、90年代に英国と米国でベストセラーとなったものだが、科学史というよりイギリスの世界征服の歴史(もしくは学会の権威主義の歴史)とかいう意味で面白い。

何百年もの間、「経度」を知ると言うことが当時のヨーロッパ諸国にとって「戦略的・地政学的」に決定的な重要課題であったのだ。そのために科学者・天文学者が総動員される(ガリレオやニュートンもこれにかかわっている)。でも最後に勝ったのは、エライ科学者や天文学者ではなく、一介の時計職人だったというお話し。エリートたちが自分たちの面子とメシのタネ(天文観測という職)を守るためこの時計職人の足を引っ張ったりしていじめるところが圧巻。

ちょっと説明しないと分からないので簡単に説明する。航海において自分の位置を知ることはとても重要。緯度は簡単に計測できる(北極星か正中太陽の高さを測ればよい)。でも経度が問題。母港の時間を示してくれる正確な時計があればわけもないのだが(現地時間との差に15°をかければ経度差が出る)当時はそんな正確な時計は存在しなかった。位置を間違えて何千人もの海員死んでしまう事故が続き、経度の測定方法の完成に莫大な賞金が掛けられることになった。ガリレオやニュートンやオイラーなどのエライ科学者は天文学による解決を主張。理論的には全く正しいのだが、そのためには膨大な天体観測データを蓄積する必要があった。そのために各国で天体観測所がどんどん作られる。ところが学校も出ていない一介の職人が、誤差がほとんどない正確な時計(クロノメーター)を作ってしまう。当時の学界の権威は天文学者などの科学者であり、こんな学問的ではないちゃちな機械に負けるのはいやだと時計の悪口を言い続けて絶対に負けを認めない。でも、実際の航海者(キャプテン・クックなど)は時計の方が便利であるとしていっせいにクロノメーターを購入し、それがスタンダードとなっていくのでありました、というお話し。

今でこそ天文学とは浮世離れした学問の代表みたいな見なされ方をしているが、当時の天文学者は、当時の植物学者(プラントハンター)と同じで、植民地獲得の莫大な期待利益に突き動かされていたことが分かりとても面白い。やっぱり金銭的インセンティブ抜きでは科学の進歩は語れないのである。

でも、天文学者に共感できるところもある。時計は止まったら一巻の終わりだが、天文学(月距法)による測定なら、どんなことがあっても(月さえ見えて居れば)大丈夫なのだ。一人でジャングル(大海原)に行ったときどっちを信頼するかと言えば、シンプル・イズ・ベストなのである。こんなことを言っているから時代遅れになるといわれればそれまでだが。

おまけ。六分儀のメカニズムをご紹介。いろいろ説明ページはあるが、この動画がいちばんわかりやすい:

ファイル:Using sextant swing.gif - Wikipedia

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

散人さん、こんにちは。

この本、たしか The Economist で紹介されていて、原著で読みました。

既存勢力の意地悪さは場所・時代を超えるなあ、と思いました。機械式であれだけの精度を出したのには驚きです。現在でもゼンマイの腕時計愛好者がいるのがわかる気がしました。

役人の自己防衛と世間からの「ズレ」加減といえば、薬害C型肝炎の本も読み応えがありました。患者が亡くなるか、自分が退任するまで責任が明らかにならないようにしていたとしか思えません...。

Unknown さんのコメント...

お読みになりましたか、さすが。6週間の航海で2分の1度の経度誤差におさめることというのが賞金の条件だったですから、一日の誤差は三秒以内ですね。測定誤差を考慮すれば一日2秒か。おいらのGMTマスターよりよほど精度が良い。イギリスの製造業は昔はえらかった。

ガンの治療法についてもいまだに外科医が一番の権威らしいですね。外科手術以外はもぐりだといわんばかり。なんだか似てます。